第1回「私の英語学習歴」

英語教育ブログみんなで書けば怖くない!企画(http://d.hatena.ne.jp/anfieldroad/20110301/p1)に参加します!

 以前からほぼ毎日のようにチェックさせていただいていたanfieldroadさんのブログからのよびかけに賛同して、私も「私の英語学習歴」をUPしたいと思います。

 小さな新興住宅地にあった小さな中学校での英語の授業が、私にとっての最初の英語学習の場でした。小学生の時は何をやってもうまくいかない子供でした。(あとで考えると早生まれだったこともあったのかもしれませんが。)ということもあって、中学校から始まる「英語」にかけるしかない!と意気込んでいました。そして迎えた英語の授業ではとにかくアルファベットの徹底訓練から始まりました。合格するまで帰れないという結構スパルタな指導をしてくれた少しご年配の女の先生でした。でもそのおかげか、最初の定期試験で英語で100点を取りました。ほかの科目が小学校に引き続き振るわなかったことも相まって、「やっぱり私には英語しかない」と思いました。今思えば、私以外にも結構多くの生徒が100点だったような試験でした。でもこの勘違いからすべては始まったと思えば、思い込みというのは勉強においてなんと重要な要素なのでしょうか。今、英語教師として生計を立てられるまでになっているのですから。

 その後はそんなに順調に英語学習も進んだわけではありませんが、英語好きは変わりませんでした。私はすっかり忘れていましたが、友人に聞くとラジオの英語講座を1年間やり通したそうです。高校では卒業後就職するつもりだったのを、3年生になってから英語の勉強を続けたい一心で大学進学に変更しました。大学について私も家族もよく調べることもなくとにかく英文科に進みましたが、思っていたのと違っていて、大学時代はもっとも勉強しなかった時期となってしまいました。

 そして「とりあえず」取っていた教職のため教育実習に行くことになり、そこでの生徒たちとの出会いが教員を目指す転機となりました。もちろんその年の採用試験は通らず、次の年から母校で講師を務めることになりました。そこで担当したのが3年生のライティング。受験を控えた生徒も不安そうでしたが、私はその何倍も不安でした。しかしその時の追い詰められた環境が私の英語学習を強力に推し進めてくれました。卒業前には生徒たちから感謝の言葉をもらえたことを今でも覚えています。

 半年間のアメリカの超田舎での語学学校生活では、同じレベルの生徒がいなかったため1対1の授業を毎日受け続けました。帰国後は個別指導の塾で高校3年生を教えていました。彼らによくイディオムのテストをしていましたが、出題する手前自分も覚えなければならず、かなりのイディオムを頭にたたきこみました。その甲斐があってか、翌年の教員採用試験に合格できました。

 教員として働き出すと英語力のなさを実感することになりました。このままあと何十年も生徒の前に立って教えていくことは精神衛生上よくない、と思うようになり、3年間休職してアメリカの大学院へ留学しました。そこで泣くほどの苦労をしましたが、これで英語力がついたと思えるようになりました。

 こうしてみると、かなり場当たり的な英語学習の歴史だったように思います。追い詰められないとやらない自分が見えてきたようです。私の生徒たちにもそれぞれのきっかけや転機があるでしょう。いろいろな仕掛けをして、少しでも多くの生徒の変化を促せる存在になれればいいなぁと思っています。